The World of M

大好きなことやもの(演劇・読書・ときどき日常)を徒然書いています

「注文の多い料理小説集」文春文庫出版 「心の栄養を摂る」食事の在り方を考える

2020年4月に出版されたばかりの新刊で、本屋さんで「ジャケ買い」した一冊です。

「本の紹介」カテゴリを設けておりますが、私は読書(活字を追うこと)があまり得意ではありません。

そんな私でも、「短編小説集」は読みやすそうな存在として、本屋さんで目に入り、購入に至りました。

7名の作家さんたちが参画されているこの短編集、「料理」というテーマでこんなにも切り口の違う様々なストーリーが展開されており、飽きることなく(かつ、本当に美味しそうな料理の描写の数々に、舌舐めずりしながら)読むことができました。

 

ちなみに、宝塚ファンでこのブログを読んでくださっている皆さん。2018年月組カンパニー」の原作者である、伊吹有喜さんの作品も入っていますよ。

 

私目線での感想を書いて行きます。いつもながら、ネタバレも含みますので目を細めて続きからお読みください。

 

 ⭐️本の概要(Amazonより)⭐️

「料理」をめぐる極上の7つの物語

うまいものは、本気で作ってあるものだよ―― 最高級の鮨&ワイン、鮪の山かけと蕗の薹の味噌汁、カリッカリに焼いたベーコンにロシア風ピクルス……おやつに金平糖はいかがですか?
物語の扉をそっと開ければ、今まで味わった事のない世界が広がります。

小説の名手たちが「料理」をテーマに紡いだ とびきり美味しいアンソロジー

【本書登場の逸品たち】
塩むすびと冷たい緑茶
ハルピンのイチゴ水
全粒粉のカンパーニュに具を挟んだサンドイッチ
きときとの富山の海の幸・ゲンゲ汁
生クリームと栗の甘煮のパンとアイスコーヒー
食堂のカレーライスと福神漬
星屑のような白い金平糖

 

 

私たちの生活に欠かせない「食」ですが、この本を読んで、如何に現代を生きる我々が「食事」を楽しむ余裕を無くし、「食べること=エネルギー摂取」になってしまっているかを気づかされました。

もちろんこれは、私が置かれている状況や環境から生まれた、一時的な感じ方であり、それがそれぞれのお話の共通項として顕著に見えたものなのかもしれません。また時間をおいて読んだら、違う発見があるのかも。

 

最初に断っておきますが、この本は、食事をすることがネガティブに書かれているわけではありません。(笑)

本当に、それぞれの作家さんが、「食」というテーマから、様々な切り口で人間模様を織り成す素晴らしい構成になっています。そして、登場する料理がそれぞれ、本当に情景や匂い、味まで想像ができるような楽しさが詰まった本です。そして、みなさんそれぞれの個性が光る、料理の表現の持ち味に、敬意を感じざるを得ません。

 

仕事に忙殺されて本当に心に余裕がないとき、食事は「楽しむもの」ではなく「摂取するもの」つまり、その匂いや味、暖かさを楽しむ余裕などなく、味も感じられない。むしろ、その料理の味を楽しむことなど全く気にもしておらず、「食べること」に執着がない自分がいました。

 

食事とは私たちが生きていく上で必要不可欠なもので、それを毎日繰り返す中でも、やはり味を噛み締めること、そこから生まれる生活の豊かさを、認識させてくれるストーリーが多かったのです。

「食事」という行為を通した、それぞれの主人公の新たな気づき、自己への反省、そして様々な愛の形がたくさん詰まっている短編集になっていると感じました。

 

そして何より、その「食事」をどう作り、誰が、誰と、どのようにするのか。その大切さも、改めて気づかされせてくれる本でもありました。やはり食事は、安心できる環境でするからこそ、その料理の匂いや味がさらに際立ち、生きるための「エネルギー摂取」ではなく「心の栄養」となるのではないでしょうか。

そして、思いがけない人との出会いを通して、食事の喜びを知ることも、きっとあると思います。そしていつしかその人の存在が、自分の中でかけがえのないものになっていくのです。

 

この本に出てくるメニューは、高級食材からコンビニの商品まで様々です。そして、そのメニューを通して見える、登場人物たちの置かれた状況や人間関係、そして人生。それらを、自分の感情と置き換えて想像するのもまた楽しかったです。

 

私はこの本を通して、料理の味をかみしめることで得られる豊かさ、大切で大好きな人たちと美味しさを共有する楽しさ、単なるガソリンとしての食ではなく、「心の豊かさ」を育む食事の大切さを教わったような気がしています。

私は料理も得意ではありませんが、それでも、朝起きてゆっくり煮込むお味噌汁は、毎日同じ具材だったとしても、その調理の時間も含めて、自分と向き合う大切な時間です。その過程も含めて、毎朝の私の栄養源になります。

 

私たちが置かれている現在の未曾有な社会情勢。心の均衡を保つことは、難しいことです。そして、食事を楽しむ感覚を忘れてしまっている方も、多いのではないでしょうか。でも、だからこそ、人は文学作品や舞台、伝統芸能に、美味しい食事やお酒を楽しむ描写を求めるのかもしれませんね。

 

短編集なので、読書が苦手な私でも、各ストーリーは大体15分から20分程度で読める構成になっています。そしてそれぞれの作家さんの持ち味も個性がそれぞれあり、同じテーマで全く違う様々なお話が織り成されることから、人間の思想の広さ、視野の広さにも感銘を受けました。

ぜひみなさん、こういう時だからこそ手に取り、そのストーリーから漂う料理の匂いや味、そしてその背景にある人生を、どうぞご賞味あれ!